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最高裁判所第一小法廷 昭和53年(オ)662号 判決

上告人

ナカムラ建鉄工業株式会社

右代表者

中村ヌイ

右訴訟代理人

半田辰生

被上告人

中村仁破産管財人

上村久夫

主文

原判決を破棄する。

本件を福岡高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人半田辰生の上告理由について

原判決は、破産者中村仁は昭和四八年一二月一日に同人所有の本件土地建物を訴外株式会社かね久(以下、訴外会社という。)に対し、賃借権の譲渡、転貸ができる旨の特約付で賃貸し、その旨の登記を経由し、上告人は本件破産宣告後本件土地建物を右訴外会社から転借したものである、との事実を確定したうえ、上告人の右転借権の取得は破産法五四条一項により、これをもつて破産債権者に対抗できない、と判断しているのである。

思うに、破産宣告当時破産者所有の不動産につき対抗力ある賃借権の負担が存在する場合において、破産宣告後に右不動産が転貸されたとしても、特段の事情のない限り、転借人の転借権取得は破産法五四条一項所定の破産者の法律行為によらない権利の取得には該当しないものと解するのが相当である。けだし、破産財団は破産債権者の共同的満足を目的とする責任財産であるから、破産者あるいは第三者の行為によつてこれが減損されることを防止しなければならないのであるが、賃借権の負担の存在する不動産は、賃借権の制限を受ける状態において破産財団を構成し破産債権者の共同担保となるものであり、右不動産が転貸されたとしても、右転貸に伴つてその交換価値が消滅ないし減少する等の特段の事情のない限り、右転貸は、目的不動産に新たな負担又は制限を課するものではなく、破産財団の不利益となるものではないからである。したがつて、また、右賃貸借契約において、賃借権の譲渡転貸を認める旨の特約がある場合に、その特約が賃貸人に対する破産宣告の結果破産財団に対する関係においてその効力を失うに至ると解すべき理由もない。

してみると、訴外会社の上告人への本件土地建物の転貸が破産宣告後にされたとの理由のみによつてその対抗力を否定し、本件土地建物の占有権原についての上告人の主張を斥けた原判決は、破産法五四条一項の解釈適用を誤つたものというべきであり、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由がある。

よつて原判決を破棄し、本件はなお審理を尽くさせる必要があるから、これを原審に差し戻すべく、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(本山亨 団藤重光 藤崎萬里 戸田弘 中村治朗)

上告代理人半田辰生の上告理由

原判決には判決に重大な影響を及ぼすべき法令の解釈適用の誤りがある。

一、原判決は、本件賃貸借の基本たる契約は昭和四八年一二月一日賃借権の譲渡・転貸自由なる特約付にて訴外株式会社かね久と破産者との間に締結され、昭和五〇年四月一〇日上告人が右かね久からその賃借権の譲渡もしくは転貸を受けたものであり、破産宣告は昭和四九年七月一八日後二時になされたとの事実を認定されながら、結局、破産法五四条一項により上告人の賃借権は破産管財人に対抗できないとして本件土地家屋の明渡の請求を認容されたが、右は破産法上の破産財団の範囲に関する法律の解釈および破産法五四条一項の解釈適用を誤つたものである。

以下概述する。

二、破産財団は破産者が破産宣告の時において有する差押可能な一切の財産(破産法六条)であるから、所有権、制限物権等支配権債権等に及ぶのは当然であるが、同時に、その所有物が他人の担保物権や用益権の客体である場合はその制限の下にある財産としてのみ破産財団に含まれることもまた当然(有斐閣法律学全集三七巻八九頁等)である。

従つて、本件土地家屋については、破産財団に含まるべきものは、当初から用益権の制限下にある所有権―すなわち、用益権・占有権を含まない処分権のみの所有権―にすぎなかつたのであつて、用益権は破産財団を構成していなかつたのであるから、上告人がこれを取得することは破産法五四条にいう「破産財団に属する財産に関する権利の取得」に当らないものといわざるを得ないのであつて、原判決は破産財団に関する法解釈を誤つたものというべきである。

三、また、懼うに、破産法上すでに第三者が破産者に対して有する権利をその第三者が他に移転譲渡することを否定し無効とする(このことは本来破産財団の保持とは無関係で、かかる規定をおくことは不当に破産財団を拡張することになろう)規定はなく、むしろ、債権譲渡を有効とする前提の下に相殺を禁ずる破産法一〇四条の規定が存するのであつて、破産法五四条一項はかかる第三者が破産者に対して有した権利の移転譲渡を無効とする趣旨の規定ではなく(もし、そうなら右一〇四条は不要である)、破産者の行為によるも然らざるも、破産宣告後の財団に属する財産に関する創設的権利の取得もしくは権利の実現(例えば、破産債権者がその後何らかの事情により破産財団に属する動産の占有を得て商事留置権を取得した場合や、破産宣告後の差押物売得金に関する裁判所の配当金受領等)を否定して破産財団を保持しようとする破産法の立場(破産法五三乃至五七条)の一環にほかならない。

本件賃借権についての上告人の取得は、破産法五四条に該当すべき創設的権利の取得もしくは権利の実現には相当せず、何ら破産法に抵触することなき第三者かね久が破産宣告前に有した権利の移転・譲渡に関するものであつて、破産法五四条一項に関するものでありえない。

これを原判決の如く解するときは、権利者たりし第三者はその譲渡行為により権利を失つており、他方、譲受人は破産法五四条一項により権利を取得しえないこととなる結果、右第三者の偶然の行為(その行為は何ら破産財団を害しないに拘らず)によつて本来利用権を有しなかつた破産財団は無制限の所有権を回復するということとなつて、他者の損失の下に破産財団ひいては破産者破産債権者の不当な利益をもたらすものであつて、不当である。

よつて、原判決は、破産法五四条一項の解釈適用を誤つたものといわざるをえない。

四、よつて、原判決は破棄を免れないものと思料する。

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